2017年4月23日日曜日

「滅びない神の言葉に聴く」マタイによる福音書24:32-44

夏(なつ)は夏(なつ)からやって来(き)ます。春(はる)が夏(なつ)をもたらす、というよりは、夏(なつ)が夏(なつ)から近(ちか)づいてくるのです。同(おな)じようにして主(しゅ)イエスは言(い)います。「天地(てんち)は滅(ほろ)びるが、わたしの言葉(ことば)は決(けっ)して滅(ほろ)びない」。わたくしたちが生(い)きる時代(じだい)、生涯(しょうがい)はいつか滅(ほろ)びます。人(ひと)は死(し)ぬことを免(まぬか)れ得(え)ないからです。そのわたくしたちに主(しゅ)イエスは言(い)います。「わたしの言(こと)葉(ば)は決(けっ)して滅(ほろ)びない」。
「滅(ほろ)びる」と訳(やく)された言葉(ことば)は「過(す)ぎ去(さ)る」とも訳(やく)されます(26:39)。主(しゅ)イエスは、ご自身(じしん)の言葉(ことば)が決(けっ)して過(す)ぎ去(さ)ってはしまわない、つまりどこまでも意味(いみ)を持(も)つ、と言(い)います。最後(さいご)に勝(か)ち残(のこ)るのはこの神(かみ)の言葉(ことば)であるからです。滅(ほろ)びることのない神(かみ)の言葉(ことば)、過(す)ぎ去(さ)ることのない神(かみ)の言葉(ことば)が、滅(ほろ)びてしまう、過(す)ぎ去(さ)ってしまうわたくしたちに語(かた)られていることが幸(さいわ)いです。この言葉(ことば)は、たとえわたくしたちが滅(ほろ)びても、過(す)ぎ去(さ)っても、その支配(しはい)が終(おわ)わらないからです。
決(けっ)して滅(ほろ)びない神(かみ)の言葉(ことば)、決(けっ)して過(す)ぎ去(さ)らない主(しゅ)イエスの言葉(ことば)が、わたくしたち滅(ほろ)びゆく者(もの)に語(かた)られました。神(かみ)さまは、十字架(じゅうじか)で死(し)んでしまった主(しゅ)イエスを死者(ししゃ)の中(なか)から復活(ふっかつ)させました。造(つく)り主(ぬし)なる神(かみ)さまは、主(しゅ)イエスの復活(ふっかつ)において、決(けっ)して滅(ほろ)びることのないご自身(じしん)を現(あらわ)し、そのご支配(しはい)を明(あき)らかにしてくださいました。神(かみ)さまは主(しゅ)イエスを復活(ふっかつ)させることをもって、わたくしたちの死(し)に勝利(しょうり)する、滅(ほろ)びない神(かみ)の言葉(ことば)を語(かた)ってくださったのです。この言葉(ことば)は過(す)ぎ去(さ)ることがありません。
滅(ほろ)びない神(かみ)の言葉(ことば)がわたくしたちへとやって来(き)ました。滅(ほろ)びない神(かみ)の国(くに)のご支配(しはい)が、死(し)んで終(おわ)わってしまう世(よ)へと介入(かいにゅう)して来(き)たのです。復活(ふっかつ)の主(しゅ)は、やがてこの方(かた)が再(ふたた)び到来(とうらい)するその日(ひ)の先駆(さきが)けとしてやって来(き)ました。たとえ天地(てんち)が過(す)ぎ去(さ)っても、過(す)ぎ去(さ)ることのないこの神(かみ)の言葉(ことば)によってすべてが満(み)たされます。わたくしたちは礼拝(れいはい)においてこの神(かみ)の言葉(ことば)に聴(き)き、とこしえに君臨(くんりん)してくださるわたくしたちの主(しゅ)の到来(とうらい)を待(ま)ち望(のぞ)むのです。