2019年4月1日月曜日

集会案内

現在、以下のとおり礼拝を行なっています。
毎週日曜日
午後2時より3時
第一聖日:竹村眞知子牧師(瀬戸キリスト教会)による説教、聖餐式
第二聖日:岡本康夫牧師(南国教会)による説教
第三聖日:野村義和牧師(香美教会)による説教
第四聖日:岡本康夫牧師(南国教会)による説教
第五聖日:竹内克哉牧師(芸西教会)による説教

2019年2月24日日曜日

「キリストに仕える者」コリントの信徒への手紙二 11:16-33

パウロはこれまで、苦労くろう人一倍ひといちばいかさねてきました。「かわなん盗賊とうぞくなん同胞どうほうからのなん異邦人いほうじんからのなんまちでのなんでのなん海上かいじょうなんにせ兄弟きょうだいたちからのなん」。投獄とうごくされ、鞭打むちうたれ、ぬようなにあってきた。でも、パウロは自分じぶん苦労くろう自慢じまんしません。パウロはむしろ、自分じぶん困難こんなんにあってもなおがらせていただいた、その事実じじつけ、ほこります。
数々かずかず労苦ろうく困難こんなん。そこでなおパウロをたせてきたのは、しゅイエス・キリストです。パウロは「あのとき自分じぶんはキリストにとらえられた」といういに信頼しんらいきます。「キリストをから復活ふっかつさせたかみが、この自分じぶんたせてくださった」。そう、こちらのがわからるとすれば、それはキリストにつかえるものとしてたせていただくことにおいてです。そしてもはやなにも、かみまえつのにさまたげるものなどないということを、かみさまはキリストの復活ふっかつあらわしてくださいました。
キリストを迫害はくがいするものであったパウロが、キリストにつかえるゆえ迫害はくがいされるがわになりました。苦難くなんにあっても、キリストがててくださいました。パウロは、そうやって一人ひとりひとりをてるキリストにつかえます。「だれかがよわっているなら、わたしはよわらないでいられるでしょうか。だれかがつまずくなら、わたしがこころやさないでいられるでしょうか」。ほかでもないキリストが、困難こんなんにあるわたくしたちにこころやしておられます。そしてなおこのたせてくださるのです。

教会きょうかいは、キリストをから復活ふっかつさせたかみつたえ、そのはたらきにつかえます。一人ひとりひとりがキリストによってつため、おつかえします。キリストが、困難こんなんにあるわたくしたちをかみまえがらせてくださるからです。わたくしたちも、キリストにとらえられたいへと、ともかえらせていただきます。キリストによってその一人ひとりてられてこそ、教会きょうかいはなおもキリストのからだとしてつくげられていくのです。

2019年2月17日日曜日

「キリストの真実」コリントの信徒への手紙二 11:7-15

「わたしのうちにあるキリストのしんじつにかけています」。そう、パウロはちかいの定式ていしきもちい、自身じしんほこりをかくにんします。パウロは無償むしょうかみ福音ふくいんをコリントにらせました。パウロはこのはたらきを、キリストのめぐみにかさねてます。わたくしたちが「ただキリスト・イエスによるあがないのわざとおして、かみめぐみにより無償むしょうとされる(ローマ3:24)」のとかさねて。
かみさまはしゅイエス・キリストによってわたくしたちをおすくいくださいます。これはみずからの善行ぜんこうささものねっしんいのりによるのでなく、ただかみさまがめぐもうとなさるからです。この、しょうでわたくしたちがめぐまれる背後はいごに、キリストの犠牲ぎせいがありました。そのによってわたくしたちをかすかみ意志いしを、かみさまはこのキリストを復活させて表明ひょうめいしてくださり、よろこんでわたくしたちをめぐまれます。パウロはしょうでコリントにつかえ、キリストのめぐみに参与さんよすることをほこりとします。
このパウロのはたらきを支援しえんするため、マケドニア地方ちほう諸教会しょきょうかい協力きょうりょくしました。コリントの教会きょうかい無償むしょうでパウロの奉仕ほうしを受ける背後はいごに、マケドニアの諸教会しょきょうかい犠牲ぎせいがあります。これは、自分じぶんたちのささものがキリストによって一人ひとりひとりをすくかみ福音ふくいん参与さんよすることをよろこび、ささげられたものです(8:5)。人知ひとしれずささげられた奉仕ほうしれぬものささものかみはご存知ぞんじであられ、かみはキリストによって一人ひとりひとりをすく福音ふくいんらせるため、おもちいになるのです。
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主イエス・キリストはいます。「てもらおうとして、ひとまえ善行ぜんこうをしないように注意ちゅういしなさい。さもないと、あなたがたのてんちちのもとでむくいをいただけないことになる。(マタイ6:1)」。しゅキリストこそが、人知ひとしれずささげるわたくしたちの奉仕ほうしともなってくださっており、かみ感謝かんしゃしてこれをゆたかにおもちいくださいます。そしてかみにささげる礼拝れいはいを、しゅはご自身じしんがさらなる一人ひとりをおすくいになるため、ゆたかにもちいてゆかれるのです。