2018年11月4日日曜日

「信仰の旅人たち」ヘブライ人への手紙 11:1-3

「信仰しんこうによって、わたしたちは、この世界せかいが神かみの言葉ことばによって創造そうぞうされ、従したがって見みえるものは、目めに見みえているものからできたのではないことが分わかるのです」。見みえるこの世界せかいが、見みえない神かみの言葉ことばによって造つくられた。そして造つくられたものは神かみの言葉ことばを映うつし出だしているのであり、見みえない神かみの言葉ことばによって成なり立たち、見みえない神かみの言葉ことばを反映はんえいしている。
見みえているものは、見みえない事実じじつと不可分ふかぶんです。それは、見みえるものに、見みえない神かみの言葉ことば、神かみの意志いしが反映はんえいされているはずだからです。これと軸じくを同おなじくして、ノアやアブラハムも信仰しんこうの旅たびを出発しゅっぱつさせられました。洪水こうずいの上うえを浮うかぶノアの箱舟はこぶねは、あの時ときノアに告つげられた神かみの言葉ことばの見みえる姿すがたです。洪水こうずいの上うえを浮うかぶノアの箱舟はこぶねには、見みえなかった神かみの言葉ことば、神かみの意志いしが反映はんえいされています。ノアは望のぞまされたところに拠よって立たち、見みえなかった事実じじつを確認かくにんさせられたのです。
アブラハムは行ゆき先さきも知しらずに出発しゅっぱつさせられ、よそ者ものとして他国たこくに宿やどります。しかしその旅路たびじは、神かみが約束やくそくしてくださった天てんの故郷こきょうを熱望ねつぼうし、はるかに見みるものでした。こうして歩あゆまされて来きた先人せんじんたちの旅たびは、見みえない天てんの故郷こきょうにおける安息あんそく(神かみとの交まじわり)を目指めざすものとして、わたくしたちに対たいし映うつし出だされています。
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この安息あんそくを、神かみさまは十字架じゅうじかで死しんだ御子みこイエス・キリストを死者ししゃの中なかから復活ふっかつさせて、お示しめしくださいました。主しゅイエスの弟子でしたちに見みえる姿すがたで現あらわしてくださいました。それは、死しを越こえてなお備そなえられていた、父ちちなる神かみとの交まじわりです。神かみさまはこの御子みこの死しと復活ふっかつを告つげ知しらせる礼拝れいはいにおいて、ご自身じしんとわたくしたちとの死しを超こえる交まじわりを証あかしし、わたくしたちをこれに与あずかるよう招まねきます。そこに、天地創造てんちそうぞうの神かみの喜よろこびがあるのであり、神かみさまは、「本当ほんとうに良よかった」とわたくしたちとも先人せんじんたちとも一緒いっしょに喜よろこびたいのです。この喜よろこびに拠よって立たつ神かみとの交まじわりが始はじめられたのです。