主イエスは引き渡された夜、大祭司から尋問されて言いました。「わたしは、世に向かって公然と話した」。「わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々がわたしの話したことを知っている」。主イエスはご自身に聞いた者たちによって、ご自身について証言することを求めます。大祭司の屋敷でもそうならば、ペトロが主イエスについて証言することを求められています。しかし、ペトロは自分が主イエスの弟子ではない、と言います。まして、主イエスが世を救う神の子であるとは証言しませんでした。御後に従うことを自ら誓ったペトロですが、彼の思い通りにはなりませんでした。主イエスは先に言っていました。「鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう」と。
けれども、そのような弟子たち、主イエスの教えを聞いた者たちを通して、なお、主イエスはご自身とご自身を遣わした父なる神さまの思いを、宣べ伝えようとしました。そしてこれは、天の父なる神さまのご意志でもありました。このため、父なる神さまは十字架で死んだ御子イエスを死者の中から復活させ、弟子たちに復活の主イエスとの出会いを与えます。主イエスは復活されたご自身を弟子たちに顕わし、聖霊を注いでくださいました。
主イエスの十字架の死と死からの復活は、世に向かって告げられた、神による救いの表明です。わたくしたちの命の造り主である神さまは、ユダヤ人のみならず「世に向かって公然と」、造られたわたくしたちを救うというご意志を主イエスの復活において表してくださいました。
今や、この神さまの思いを実現するため、わたくしたちのところまで主イエスは来てくださり、ご自身の十字架の死と死からの復活を宣べ伝えておられます。主イエスは「この方こそ世を救う神の子キリストである」と告白する道にわたくしたちを立ち上がらせてくださいます。この声に聞くわたくしたちを、死を越えて立ち上がらせてくださいます。主イエスがわたくしたちの主として御後に従わせ、永遠の命の道を伴ってくださるのです。