2011年9月25日日曜日

「よい実を結ぶ木」ルカによる福音書 6:43-49

「悪い実を結ぶ良い木はなく、また、良い実を結ぶ悪い木はない。人の口は、心からあふれ出ることを語る」と主イエスはおっしゃいました。心からあふれ出た言葉が、その人を表している。

聞いて、どきりとさせられます。わたくしたちが口にする言葉は、心からあふれ出た。その言葉が、わたくしたちの結ぶ実であり、この実によって、わたくしたちが良い木であるかどうかが分かるとおっしゃるのです。

たしかにわたくしたちは、自分の口から思わず出てきた言葉に後悔します。あのとき、そんなことを言わなければ良かったのに、と悔むのです。良い言葉を、愛の言葉、祝福の言葉を口にすることができればどれほどよかったことかと思うのです。

けれども主イエスによれば、後で悔んだその言葉もまた、わたくしたちの心の中からあふれ出たものなのです。その言葉もまた、わたくしたち自身を表しているのです。ですからもし、わたくしたちがその言葉を口に出さなかったとしても、わたくしたち自身は何も変わっていないのです。やはり、言葉だけではなく、わたくしたち自身が変えられ、改められなければならない。変わりたいと願います。そして良い言葉を、愛の言葉を、祝福の言葉を口にしたいのです。

わたくしたちにとりまして幸いなのは、このわたくしたちのために、主イエスが十字架の死を負ってくださったのだということです。主イエスが十字架の死に至るほどに、わたくしたちを愛し抜いてくださった。それは、主イエスのこの愛の業によって、良い実が結ばれるためでありました。

じつに、主イエス・キリストを信じ、この方に結ばれたわたくしたちは、主イエス・キリストという良い木によって結ばれた良い実であったのです。天の父なる神は、わたくしたちを主イエス・キリストに結んで、わたくしたちを良い実とならせてくださいます。それは、わたくしたちが主イエスに結ばれてよい木とされて、わたくしたちもまた、良い実を結ぶためにです。

神は礼拝へとわたくしたちを招いて、主イエス・キリストの御言葉によってわたくしたちを受け入れてくださいます。わたくしたちの心の底からわたくしたちを新たにして、神の愛の言葉、祝福の言葉で満たしてくださり、わたくしたちの口からあふれかえらせてくださるのです。