2011年8月21日日曜日

「この人を救うため」ルカによる福音書 6:12-19

主イエスは山に登られ、神に祈って夜を明かされました。そして朝になると弟子たちを呼び集め、彼らの中から十二人を召し出して「使徒」と名付けられました。使徒とは原文どおりには、遣わされた者という意味です。主イエスがお遣わしになった者という意味になります。使徒たちは、お遣わしになる主イエスの代理人として、御用を務めることとなるのでした。
けれども、どのようして御用を務めることができたでしょうか。実際のところ、この使徒たちは主イエスの十字架の死の後、復活の主イエスと出会い、復活の主が約束してくださった聖霊降臨の出来事をとおして、ようやくその使徒としての務めを果たさせていただくことになったのです。

筆頭弟子でありましたシモン・ペトロもそうでした。ペトロは、主イエスが裏切られ捕えられたとき、なお主イエスに従おうとしたのでしたが、いざ人から自分が主イエスの弟子だと指摘されると、主イエスを知らないと三度にわたって否んでしまいました。けれどもこのペトロが、使徒として、主イエス・キリストの復活の証し人として用いられたのです。それは、復活された主イエス・キリストがペトロに出会ってくださったからです。この主の復活を宣べ伝えるため、証しするためにペトロは新たに生かされたのです。

また、ペトロの使徒としての務めのために、主イエスが天から力を注いでくださいました。実に、使徒として遣わされてまいりますペトロの歩みの背後には、いつも主イエスの祈りがありました。主イエスに祈られ、力を与えられ、それによって、使徒の召しに適った歩みをペトロはさせて頂いたのです。神の御用のために、ペトロは祝福の中を生かされていくのでした。

わたくしたちの主イエス・キリストは、わたくしたちの歩みを覚え、祈っておられます。この方は、わたくしたちの弱さに同情できない方ではなく、わたくしたちを救うために十字架を負ってくださった方です。主イエスは御自身の全てを懸けて、わたくしたちを救ってくださったのです。この方が、今もわたくしたちの歩みを覚え、天で祈ってくださっている。そして、天からわたくしたちに力を満たし、わたくしたち共に歩んでくださっています。天の父なる神は、わたくしたちを救うために、この主イエス・キリストを与えてくださいました。