2011年8月7日日曜日

「キリストの婚宴」ルカによる福音書 5:33-39

聖書にはしばしば、宴会の場面が出てまいります。とりわけ、婚礼の宴、婚宴の場面が描かれます。主イエスの歩まれました当時、婚礼の宴、婚宴は、最も喜ばしい出来事、喜びに満ちた出来事でした。主イエスはこの婚宴を題材にしていくつものたとえを語られました。そして、聖書は婚礼の宴を描くことを通して、神がこの盛大な喜びへとわたくしたちを招いてくださっていることを証します。その喜びとは、わたくしたちを神がお救いになることです。神はわたくしたちを滅びから救うことをこの上ない喜びとしておられるのです。それは婚礼の宴のように、最も喜ばしいこととして、わたくしたちに差し出されている神からの恵みです。

主イエスは御自身を婚礼の花婿にたとえられました。そして花嫁は教会です。神は、洗礼をわたくしたちに授けて、わたくしたちを主イエス・キリストに結んでくださいます。キリストの体なる教会の一枝としてくださるのです。それは、キリストについての知識や教え、考えを、何かわたくしたちのこれまでの歩みに上乗せするのではなく、むしろわたくしたちがキリストにあって、根本から新たに生かされることです。ここで大切なのは、わたくしたちが一度死ぬということです。わたくしたちが洗礼を受け、主イエス・キリストの十字架とともに古い自分に死に、復活の主の命に生かされる。神は、つぎはぎではない、全く新たな生へと、御言葉によって、聖霊によって、わたくしたちを変えてくださるのです。そのようにして神はわたくしたちを根本から新たにするために、主イエス・キリストに接ぎ木してくださいました。わたくしたちの根っこが聖なるものとされたので、そこから栄養を頂くわたくしたち枝もまた、神によって良きものとされる。神は、わたくしたちをキリストに接ぎ木して、根本から全く新たにされるのです。

神は、わたくしたちが洗礼を受けて救われることを、この上ない喜びとしておられます。その喜びにわたくしたちも与らせていただきます。わたくしたちが全く新たにされて、身も心も神のものとされて、喜びの内に生きる者とされるのです。やがて再びやって来られる花婿、主イエス・キリストを待ち望みつつ、救いの確信を得させていただき、喜んでこの神による救いを受け止めてまいりたいと願います。