2011年7月31日日曜日

「罪人を招く神」ルカによる福音書 5:27-32

主イエスは言われました。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」。主イエスが来られたのは、何かもう救われる必要のない正しい人のためではなく、これから救われねばならない人たち、罪ある者たちを、神に立ち帰らせるためであったのです。この方は魂の医者であり、主イエスを必要とするのは、罪の病を抱えた者、心の貧しさを抱えた者たちなのです。

主イエスは民全体をお救いになる(2:10)ために来られましたので、罪ある者のところへと、救われる必要のある人のところへと行かれます。

こうして主イエスは、ファリサイ派の人たちの主張を否定されませんでした。もし彼らが言うように神の前に正しくできているのなら、それでよい。主イエスは罪人の方へ行く。けれどももし、ファリサイ派の人たちが神の前に正しくないのであれば、主イエスはおっしゃったお言葉の通り、ファリサイ派の人たちのところへ行き、彼らを招いて救われるのです。

じつに、「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」とは、何かファリサイ派の人たちを退けて、彼らとは関係がないと言うのではなく、むしろこの人たちをも救いに招くためでした。彼らが自分が神の前に正しいと思っていても、神の前にあって正しい者は主イエスの他に一人もいません(ローマ3)。このため主イエスは、わたくしたち一人一人のところへとやって来られて、わたくしたちへと御手を差し伸べてくださり、招き入れ、救いに与らせてくださるのです。

それゆえわたくしたちは、主イエスのお招きに信頼し、これに応えて、信仰の一歩を新たに踏み始めさせて頂くのです。わたくしたちが信仰の道を新たに一歩踏み出すために、主イエスは十字架で命を献げて下さいました。主イエスはこのわたくしたちの現実に御手を伸ばしてくださり、このわたくしたちを救うために召し出してくださっています。一人一人の賜物に応じて、主イエスの弟子として、この方に従い仕える歩みを得させてくださるのです。わたくしたちの死を越えて与えられている道、わたくしたちに備えられている信仰の道へと、一歩踏み出させて頂くのです。