2011年6月26日日曜日

「差し伸べられる手」ルカによる福音書 4:38-41

主イエスは病める者一人一人に手を置いて癒されました。

このルカによる福音書と使徒言行録を記しましたルカは医者でありました(コロサイ4:14)が、医者であるルカが主イエスや医者でもないパウロによる癒しの出来事(使徒言行録28:8)を描くにあたって、ルカはここに特別な思いを抱いたことでしょう。主イエスが病める人たちを癒された。復活の光のもとでこの出来事を描くにあたって、ルカは示されたに違いありません。自分が医者として神に立てられているのは、このように御手を差し伸べて癒しておられる主イエスにお仕えするためであった。この方の御用のために、自分は医者として立てられていたのだ、と。つまり、高い熱や病のみならず、死んだ者を復活させ、魂さえも癒される御方によって、ルカの手もまた、神の差し伸べられる手として用いられるのだ、と気付かされたのです。

わたくしたちにとりまして幸いでありますのは、主イエスが魂をも癒される「まことの医者」として、わたくしたちに御手をいつも差し伸べてくださっているということです。そうでありますならば、わたくしたちはこのまことの医者であられる御方に、自らの病を、傷を打ち明けることが大切です。わたくしたちはこの方の御前に自らを差し出させていただくのです。

この御方は、わたくしたちが味わっております痛みを知らない方ではありません。神の子であられながら、十字架の死へと到る苦しみを味わわれた御方です。そして、わたくしたちの傷のすべてを知っておられます。ですから、わたくしたちはこの方の御前にあって何も隠す必要はないのです。主イエスは、さあ癒そう、と手を差し伸べて待っておられるのです。わたくしたちが自らをすべて打ち明けて差し出していくことを。

いつも御手を差し伸べてくださっている主イエスは、わたくしたちの悩み苦しみの深い底においても共におられます。そこにおられる主イエスとわたくしたちは出会わせていただくのです。御言葉を受けてわたくしたちも、わたくしたちのすべてをお委ねして、自らを主なる神の救いの業へと差し出してまいりましょう。そして、その差し伸べられている御手ためにわたくしたちの歩みを用いていただきましょう。