2011年6月5日日曜日

「実現した神の言葉」ルカによる福音書 4:16-30

主イエスは御自身において聖書の御言葉が実現したことを宣言されました。神がメシアを遣わし、大いなる赦しをもってわたくしたちを迎え入れ、喜んで受け入れてくださっている。この主の恵みの年がやって来た、と。

けれども、宣言を受けた者たちはこの神の御言葉の実現を受け入れませんでした。主イエスをメシア救い主と認めない。それが主イエスのお育ちになられた故郷ナザレの人たちであり、さらにはイスラエルの人々でした。

このため主イエスは十字架の死を迎えられます。人々は更なるしるしを求めましたが、主イエスは十字架の死を前にしても、メシアとしてのしるしをなさいませんでした。すでに主の恵みの年は彼らに到来していたからです。その神の御業に主イエスは御自身を献げられたのでした。

神は、十字架で死なれた主イエスを復活させられ、実現した神の御言葉を復活によって証してくださいました。そしてさらに異邦人へと告げ知らせ、異邦人に救いの道を開いてくださったのです。神は主イエスの十字架によって、異邦人であるわたくしたちも受け入れてくださったのでした。

復活の主イエスは、礼拝において聖書の御言葉を通して、主の喜びの年が異邦人であるわたくしたちにもたらされたことを宣言されます。「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と。この日、わたくしたちが耳にした時、聖書の御言葉がわたくしたちに満たされた。

主イエスの宣言によって、神が喜んでわたくしたちを受け入れておられることをわたくしたちは聴かせていただきます。この御方の十字架の死と復活は異邦人の救いを約束する神の御言葉です。神はこの御言葉の実現を、主イエスの復活を証言することによってわたくしたちに満たされます。礼拝において、主イエスによって実現した神の御言葉を語りかけ、わたくしたちに満たしてくださるのです。

今やわたくしたちは、実現した神の御言葉に生きる道を開かれています。まだ何か足りない中を歩んでいるのではなく、キリストによって既に満たされた救いの道のりに生きるのです。神はわたくしたちに洗礼を授け、この主の恵みの年を、やがて完成を見るその日へと向かって主の喜びとともに歩ませてくださっているのです。