2011年3月6日日曜日

「主に結ばれて生きる」テサロニケの信徒への手紙一 3:6-10

パウロは言います。「あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、わたしたちは生きている」。テサロニケの者たちが主イエスと結ばれているなら、今パウロは生きているのだ、とパウロは言う。もちろん、パウロは主イエス・キリストに結ばれて生きているのです。けれどもここではそう言わないのです。テサロニケの者たちが主に結ばれていることがパウロにとって生きるか死ぬかのことであると言う。背後にありますのはテサロニケの者たちとパウロを取り巻く苦難でありました。

パウロがテサロニケの地を離れてからも、テサロニケの教会の者たちはこの地のユダヤ人から嫌がらせをうけていました。その内容は、パウロの活動に対する悪口でした。パウロはお金や私利私欲のために伝道している、とテサロニケの教会の者たちは中傷されたのです。一方パウロといえば、テサロニケを離れて以来、パウロの伝道活動がそれほど人々に受け入れられたわけではなかった。むしろ困難の連続でありました。

そのパウロのもとに、テモテからうれしい知らせが届いたのでした。テサロニケの者たちが神から賜った信仰と愛に生かされており、パウロと再会したいと願っている。生けるまことの神の御言葉によって、もはやテサロニケの者たちは彼らへの嫌がらせや苦難を乗り越えさせていただいたのでした。神の御言葉が勝利してテサロニケの者たちを生かしてくださっているのです。

パウロへの悪口によってテサロニケの者たちが主から離れるなら、パウロの悲しみはどれほどであったことでしょう。しかし神はテサロニケの者たちを主イエス・キリストにしっかりと結びつけておられたのです。その嬉しい知らせは、苦難に直面するパウロにとって、パウロを生かす福音となりました。神の御言葉が勝利してパウロを新たに生かしてくださったのです。

テサロニケの者たちが主にしっかりと結ばれている。そのことは、主イエス・キリストの御言葉に堅く立っていると言い換えることができます。神の御言葉によって、彼らが将来へと心開かれ、なお神の御業が働かれるよう、御言葉に堅く立っている。

テサロニケの者たちが強い意志をもっていたわけではありません。洗礼を受けてまだ数ヶ月の者たちです。礼拝生活の中で様々な場面において弱さを覚える者たちであったことでしょう。それはわたくしたちのようにです。しかしそのテサロニケの者たち、またわたくしたちが、主イエスに結ばれて神の御言葉に堅く立ち続けるために、神はわたくしたちに信仰の兄弟を与えてくださっています。テサロニケの者たちにはテモテが与えられました。わたくしたちは兄弟との出会いによって励まされるのです。神は兄弟をも通して、わたくしたちを御言葉へと立ち帰らせ、わたくしたちに語りかけてくださいます。十字架で死んだ主イエスを復活させた神がわたくしたちの内に働かれていることを、神は御言葉によって示し、わたくしたちを信仰と愛に生きる者としてくださるのです。